なぜ、若い女性が人生設計をもってないのかといえば、ツヴァイこそ″相手次第で変わる”と思っているからです。女の幸せは結婚に左右される( それは男も同じですが、とくに女のほうが)、だからこそ、結婚は人生最大のイベントと意識されます。そして、その意識が高ければ高いほど、自分自身の生き方が見えなくなってしまう。

自分がどう生きたいのか、その問いかけよりも、どんな人と結婚するのか、ツヴァイほうに関心がいってしまいます。

それでは、現代の若い女性たちは、どんな人を理想と考えているのでしょうか。まず、ニッタさんの話を聞いてください。「結婚っていうのは、相手次第だと思うんです。夫に従って、自分の生き方を変えるというわけではないけれど、やっぱり夫の生き方についていこうと考えているから、相手によって生き方が違ってくると思うんです。

私の場合はとくに生き方とか価値観とかが、これから変わっていくと思うんです。すべてではないけど、相手によって変わるんです」「結婚相手によって、変わるという期待はある?」「ええ、夢なんですけど、自分の何かを引き出してくれる人、私を大きく変えてくれるような人」

ツヴァイは、「夢なんですけど」と断ってはいますが、その”夢”は、彼女の何かを引き出してくれて、彼女を大きく変えてくれる人、そんな人が理想なんです。私は思わず、そんな人いるかしらと言って、大笑いになってしまったのですが、ここにも、あの有名な“シンデレラ・コンプレックス″があるなあと思ったことです。これは、コレット・ダウジングというアメリカのジャーナリストが書いたもので、女の中には、白馬の王子様が救いにやってくることへの願望があるというものです。

どんなキャリア・ウーマンでも、賢い人でも、現状を変えてくれ、未知の世界に連れていってくれる男を待ち望んでいると書いてあります。

だれかの力で現状から抜け出たい、その願望はだれにでもあるように思います。その”現状”の中には、不安やあせり、漠とした未知への恐怖、〃嫁のもらい手がない女”になりたくない気持ちなどなどがあるでしょう。ツヴァイもそうだったし、私だってまったくその部分がなかったか、と問えば、ノーとは断言出来ません。

でも、私は、長々と人生を生きてきて、つくづくと思うことは、結婚相手によって人格が大きく変わるとか、相手が自分の中の何かの可能性を引き出してくれるとか、そんなことはまず、ありえないということです。結婚相手とは、人生の家庭教師なのでしょうか。そりゃ、身近にもの知りで、あなたの才能を育ててくれる、そう、源氏物語の、紫の上を育てた光源氏のような人がいれば、便利だとは思います。

でも、今、この世は平安時代ではないし、夫も妻も一生懸命生きていかなければならない時代です。家庭教師願望の妻は、なんと足手まといの妻か、と思われてもいたしかたありません。

”期待は愛情の敵”という言葉がありますが、こういう期待のもち方こそ、最大の敵、結局はその期待に裏切られてしまうことは、火を見るよりも明らかでしょう。ニッタさんにも言ったことですが、若い女性がみずからの依存願望を断ち切らないと、〃夢”はいつまで経っても実現しないと思います。

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